【朝凪彩月】なぜ私は、小さなお金に意味を感じられなかったのか ――主導権という視点から
以前、「お金が好きかどうか?」
ということを書きました。
お金を貯めようとする時、
500円玉貯金や、
月に1000円ずつの貯金を
雑誌などでよく見かけます。
私は今まで、
1000円とか、数千円といった
小さなお金を貯めていくことに、
あまり意味を感じてきませんでした。
正直に言うと、
「それを貯めたところで、何が変わるの?」
「きっと買い物をする時に、
都合よく使ってしまうだろう」
そんなふうに思っていました。
生活が楽になるわけでもない。
将来が保証されるわけでもない。
だったら、貯めていてもいなくても、
結局は生活費として流されていくお金。
あってもなくても同じじゃないか、と。
でもそれは
「金額」の問題ではなかったのです。
私が無意識に感じていたのは、
・どうせ自由に使えない
・生活費に消えていく
・自分で決めている感覚がない
そんな、
“主導権のないお金”への諦めでした。
最近、
「お金の願望は“額”じゃなく、
“用途”で分ける」
という考え方に出会いました。
そこで決めたのが、
毎月1000円だけ、
使い道を完全に自分で決める、
ということです。
この1000円に関しては、
「私が主導権を握る」と決めました。
金額は小さい。
でも、そこには条件があります。
・誰にも相談しない
・罪悪感を持たない
・「必要だから」ではなく、
「選んだから」使う
この1000円は、
私が私に返した主導権です。
では、今までは
お金に対する主導権が、
自分になかったということ?
いろんな思いが、
心の中を駆け巡ります。
以前、「お金が好きかどうか?」
と書いたとき、
正直まだ、
自分でも答えが
よくわかっていませんでした。
私にとってお金とは何なのか。
それは、今もまだ、
はっきりとは言えません。
ただ一つ言えるのは、
1000円という小さなお金を通して、
「自分で選ぶ」という感覚を、
少しずつ取り戻し始めている、ということ。
きっと私は今、
お金を貯めているのではなく、
お金と向き合う土台を、
つくっている途中なのだと思います。
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