新着情報

太陽が沈み、星になっても。    晴空 蘭稀

身近人が、天に召された時、
深い悲しみに暮れると思っていたのに

「なぜか涙が出ない」「現実感が湧かず、どこか他人事のように感じられる」

という経験はありませんか?

自分は冷たい人間なのではないかと自分責めたり、戸惑ったりしてしまう人は少なくありません。

大切な人の死に対して感情が追いつかないのは決して異常なことではなく、

私たちの心が急激なショックや耐え難いほどの強い悲しみから自分自身を必死に守ろうとして働く

「心の防衛反応(心の麻痺や一時的な解離)」という非常に自然なメカニズムによるものです。

人が一度にあまりにも重い現実や大きなストレスを受け止めると、その衝動によって心が壊れてしまわないよう、

脳や無意識が一時的に感情をシャットアウトしてショックを和らげようとするため、まずは知識としての

「頭での理解」が先行し、日常の風景や習慣からその人がいなくなったという「心の現実感」が追いつくまでにどうしても物理的な時間が必要となります。

さらに、訃報を受けた直後は、お葬式の準備や親族への連絡、行政手続きなど、次々と対応すべき煩雑な事務作業に追われるため、

どうしても「悲しむ」ことよりも「目の前のタスクを確実にこなす」行動モードへと切り替わりやすく、

これによって感情の整理が後回しになることも実感が湧きにくい大きな要因となっています。

このように、感情が遮断されている状態や忙しさに追われる時期を経て、すべての手続きが一段落して静かな日常が戻ってきた頃や、

ふとした瞬間に遺品を目にしたり故人のいた場所を思い出したりしたタイミングで、時間差となって遅れて強い悲しみや寂しさが押し寄せてくることはごく一般的に見られる心のリズムです。

だからこそ、大切な人を亡くした直後に悲しみを実感できなくても、「冷酷な人間だ」と自分を責める必要は全くありません。

心が自分のスピードで現実を受け入れる準備を整えている最中なのだと捉え、

あせらずに自分の心の防衛反応を受け入れながら、湧き上がってくる感情の変化をそのまま温かく見守ってあげてください。

すぐには受け止め切れなくても、
そこに、その人が存在したという事実は
何も変わらない。

存在を忘れるのではなく、楽しく過ごした思い出を忘れずに、感謝と共に生きていくのが大切なのだと、私は思います。

 

ほしよみ堂、中野店
晴空 蘭稀(せいくう らき)

◇WEB予約はこちら🔮👇

https://coubic.com/hoshiyomido-nakano/2449926/book/course_type?staffCanonicalId=202569

◆電話予約はこちら👇
070-3183-0213

 >  太陽が沈み、星になっても。    晴空 蘭稀

ページトップへ